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横浜の高台に育ったわたしは、家から毎日富士山を見ていました。
小学校から高校まで12年間、学校の林間学校で毎夏、御殿場に、大学からは箱根に毎年行っていて、この十数年は毎年、富士五湖のひとつ西湖にも行っていて、間近からの富士山も見慣れていました。 晴れた日なら、顔を上げて、「ああ、富士山がキレイだなあ」と眺めましたし、富士山が見える展望台に寄ることもありましたが、わざわざ富士山を見るために旅することはありませんでした。

富士山の見える旅行に、はまったきっかけは...

初めて見た反対側からの富士山

わたしが初めて富士山を見ることにはまったのは2006年。
その数年前から、富士五湖の一つ、西湖で行われる自転車ロードレースに、連れ合いが出るようになり、毎年11月に、西湖に一泊、レース後は箱根に泊まる習慣になっていました。

この年、レースが午前中に終わり、西湖を車で出発したところで、連れ合いが 「今日の夕飯は焼津でうまいマグロでも食ってから、箱根に行こう」 と言い出しました。

西湖からぐるりと、いつもとは逆方向に富士山を回り始めました。
天気も良くて、道もがら空きなので、あちこちで車を止めては、富士山を眺め、写真を撮りました。

横浜から見るのとは、真反対の方向から富士山を見たのは、この時が初めて。
崩落が目立ち、かなり荒々しい顔。
富士山を知っていたつもりで、実はほんの一部の顔しか知らなかったことに気づきました。

富士山が見える宿に魅せられて

この時、実は焼津にはたどり着けませんでした。ちょっと気軽に夕飯食べに行く距離ではなかったんですよねえ。
翌年は調べ、悩んだ結果、西湖のレースの翌日は、富士山が見えることで有名なホテルのひとつ、日本平ホテルへ。 ちょうど、その年、木村拓也主演の「華麗なるこ人々」が日本平ホテルの庭で撮影されていました。

しかし、この日はあいにく、時折小雨も降る曇り空。
富士山には雲がかかって、富士山をほとんど映すことはできませんでした。
夕刻、ホテルに着いて、すぐ庭を散策しましたが、富士山は見えません。

翌朝、目覚めると、カーテンを開けた連れ合いが
「うおーっ!」
窓を半分占める富士山が、庭の向こうに聳え立っていました。

この年から、毎年、1箇所は富士山が見える宿に泊まることにしました。

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